2021年11月26日

復活の日

IMG_7416 (2).JPG
( 小松左京の名作 映画にもなりました
 でも、今日の話とはまったく関係ありません ごめんなさい )


先日、僕がいつもビールを買う
KY(空気が読める)リカーに行ったら、
     ↑
この意味はここクリックしてね → 汝、星のごとく

それで、もう20年もそこでバイトしているオバチャンが、

アサヒのマルエフが入ったよ。って教えてくれました。
マルエフは昔の幻のビールを復活したもので
9月に発売したのですが
売れすぎて製造が間に合わなくなって一時発売中止になっていたのです。

IMG_7411 (2).JPG
( デザインは昔とは違います )


幻のビールマルエフは発売が1986年、、
だけど翌年にスーパードライが発売になったので
市場に出ていたのはほぼ1年だけ。

アサヒマルエフ (2).jpg
( 当時の名前はアサヒ生ビール 当時のビールと比べると
  マイルドで画期的な味でした )


美味しかったんだよね、マルエフ。
でも、何しろ翌年スーパードライが奇跡の爆売れになったので
すべての生産ラインをスーパードライに替えてしまって
マルエフは姿を消しました。


当時は、麒麟のシェアーが10年以上60%を超えていて
1975年には65%を超えてしまって、、
マーケティング理論から言うとシェアーが6割を超えると
もう、市場独占状態で販促をしなくても
ビールは売れ続ける状態なのです。

ビールシェア―.gif
( 出典:日経XTECH 
 https://xtech.nikkei.com/it/article/COLUMN/20060913/247941/ )

アサヒはというと、1985年あたりは10%を切ってしまって、
もう倒産か、どこかに吸収されるかという話でした。

そこに、1986年このマルエフが( マルエフは製造番号で当時は
アサヒ生ビールと言っていましたけどね )

発売され、凄く好評だったのです。
勿論僕も飲みましたけど、美味しかったですね。

アサヒマルエフ (2).jpg
( マルエフからアサヒはロゴを変えました )


それまでのビールはキリンラガーの天下だったので、
重くて苦いスタイルがほとんどでした。

圧倒的なシェア―で売れ続けていたキリンでしたが、
実は消費者は重くて苦いビールに飽きているのではと、
アサヒは気づいたのです。

まあそれで、マイルドで飲みやすいアサヒ生ビール(マルエフ)
を作ったのです。

アサヒはスーパードライを発売するとき大きな岐路に立たされました。
マルエフが好調だったので、
ここあえてスーパードライを発売することはないじゃんという経営陣と
スーパードライは絶対売れる自信があるという経営陣と
激論が交わされました。

最後は社長の英断でスーパードライ一本に絞って、
結局スーパードライは超爆売れして、
6割以上あるキリンのシェアーを逆転したのです。

でもでも、マルエフもひそかに人気があったので、
細々と飲食店向けに販売されていました。

キリンラガーに胡坐をかいていたキリンが首位を追われ
そのアサヒもスーパードライに胡坐をかいていて
シェアーを再びキリンに抜かれて、、、。。

栄枯盛衰、諸行無常、盛者必衰、
トップを維持するのは、トップになるのと同じくらい大変なんだと
つくづく思う今日この頃です。



カンパーイ!!












posted by 小太郎 at 10:38| Comment(0) | ビール | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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