「 さよなら 」って言葉ありますよね。
昨日のブログのタイトル「みんな いなくなって」ですけど
「さよなら」にしようかとも思ったのですが、
でも、「 さよなら 」って寂しすぎる感じがあって、やめました。
( サヨナラまでの30分 2020年1月公開
北村匠海がよかった )
「さよなら」は別れの時の言葉ですけど、
世界の言語を見ても、珍しいのです。
英語だと、「good-bye」(神のご加護を)ってことだし、
中国語では「再会」(サイチェン また会おうね)だし、
他の国の言葉もそんな感じ。
日本語の「さよなら」の語源は「左様なら」で
「そう言う事なら、、、、「」って意味です。
でも、これって接続詞で、そういう事なら、、、、の後に続く言葉が
省略されているのです。
いったい何なんだよ、ですよね。
本当なら「 そういう事だよね、じゃあまたね 」
の「じゃあまたね」を省略してるんだと僕は思います。
ここが日本語の不思議な所で、
あえて「じゃあまたね」を省略してるのだと。
だってさ、これからの事って、未来の事だし、
もう一度会えるかどうか分からないよね、
これが最後かもしれないし、また明日会うかもしれないし、
そういうことを含めて、
「これから先の事はお互い分からないけど、
とりあえず今日のところは 分かれよう 」
って意味だとおもいます。
そこには、日本の伝統的な「無常観」が表れているのだというのが、
言語学者である僕の見解です。
>おいおいおいおい、だまって聞いてればさ、
あんたさ、いつから言語学者になったのよ。
でも「さよなら」だと、なんだか言葉の響きが寂しいよね。
そこで、子供の頃よく言っていた、
「さよなら三角 またきて四角」をつかえばいいんじゃないかと、
常々思っていて、
なにしろ、また来て四角だからさ、明るくなるしさ。
という事で今日のブログはこれでお終いね。
さよなら三角 また来て四角。
( さよなら オフコース )
小田和正さん 77歳になったけど まだ現役だし。

